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暗くて汚かった上野駅は今 故郷は遠きにありて思うもの

上野駅正面

一ヶ月ほど前、上野方面に用事があり、用を済ませて懐かしの上野を散歩してきた。


上野といえば、私が田舎から出てきた電車の終着駅。
私にとっては東京の入り口ともいえる駅。


私が1960年代に上京した時、東北新幹線はなかった。
はっきりと当時の光景が思い出せる訳じゃないけれど、上野はとにかく暗くて汚い駅だった。


西日本から上京する場合の東京駅の華やかさとは異なり、東北方面から上京する終着駅の上野はイメージの面でも暗かった。


今は、エキナカだなんだという風潮で、あの汚い上野の面影なんて微塵もない。


駅構内に立ち並ぶどのお店も小綺麗になって、オシャレな若者に似合う駅になった。


上野駅前の信号


東北地方の入り口といえば上野駅だけど、いつしか東北新幹線ができ、終着駅だった上野から東京まで伸び、今では私の知る「東北の入り口」の役割は終えている。


今では、実家に帰るのに東京から新幹線に乗ることにしている。



東北新幹線が出来たのは大きく、あんなに遠かった故郷に手軽に帰れるようになった。


便利になったのはいいのだけれど、なんだろうな。
味気ない気がする。



故郷に帰るために特急で10時間近くかけて帰っていた時は、それだけの時間と労力をかけていたので故郷というものが誰にとっても大きな存在だった。


手土産を持って乗車し、十分すぎるほどの時間がある列車の中で故郷に思いを馳せる。
やがて着いた駅で懐かしい香りで深呼吸し、実家のドアを開けて「ただ今帰りました」と厳かな気持ちで報告する。



そんなのは昭和の話で、時代錯誤なのはわかっている。


『故郷は遠きにありて思うもの』であり、
あまり手軽に帰れると、故郷を軽んじている気がする。


みんながそうとか言いたい訳ではなく、私自身が便利な時代のせいで故郷を軽んじている気がするのだ。



故郷をどう想おうが個人の自由。
そんな時代にわたしの言っている事は理解してもらえないかもしれないけれど、何歳になっても自分のルーツは特別なもの。



故郷を懐かしむ時、ふと思い出す上野駅。
暗かったし汚かったけれど、やはり私には特別な駅だ。


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